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NOVEL BACK

荒野に帰す





 私は孤独を愛している。はずだった。

 アルファゴート。神々の住まう場所としておよそ1000年前、栄えた土地。
 だが、神々の争い『神官戦争』によって世界は壊滅の危機に直面し、人々も神々も消えた。
 ほとんど壊れかけた世界で生き残りたちは世界を建て直そうとしたが、神々のいない世界で人間がどう足掻いても無駄なことは目に見えていた。
 絶望の淵へと追いやられた生き残りは1人、また1人とその存在を消していった。
 ただ2人、最後まで生きることをやめなかった者がいる。
 ナイター博士と、この私。
 博士は人造人間を作りだそうと、壊滅前の世界よりずっと研究を続け、私を助手に置いていた人だった。
 彼の研究を見るのは幼い頃から好きだったし、とにかく見てて楽しかった。
 彼の魔法の手から様々なものが生まれていくのは私にとって神様のようなものだった。
 彼が試作途中であったロボットたちは、全部で000から020までいる。
 それぞれの特徴等は全て異なり、それなりに言葉を話すが、思考回路は皆無に等しい。
 そんなロボットたちと、私はこの場所で暮らしていた。


 神々も人々も消え、生けるものは私以外いなくなった世界で。


「N-006。私の話を黙って聞くがいい」
「カシコマリマシタ、我ガ主」
 カタコトで答えられるのにももう慣れた。
 私以外の人間の声は、しばらく聞いていない。


「私は生きとし生けるものとしてこの荒廃した土地に住まう。
 世界が滅びたとき、神々が死んだとき、なぜ私も死ななかったか不思議に思う。
 私は博士だけでなく、たくさんの輩の死を見届けた。
 我が両親も、数少ない友達も、名も知らない見知らぬ誰かも。
 ひたすらに悲しむなと感情を殺した。
 私は己を消し、お前たちのようなロボットになろうとした。
 もしお前たちのようなロボットになれたのなら、きっと私は今こんなこと言ってないだろうな。
 博士が死んだとき、どうするべきかわからなかった。
 ただ混乱した。ひとりになったらどうすればいいかわからなかった。
 お前たちがいてくれて本当によかった。お前たちがいなかったら私は今生きていない。
 私は悲しかった。寂しかった。1人が嫌だった。
 博士は死に際、私に一つの望みを託した。お前たちと死ぬまで一緒にいろ、と。
 死ぬならお前たちと一緒に、とも考えた。だが、お前たちと私はあくまでロボットと人間。
 相容れぬ存在ならば、共に死ぬのは無理かもしれない。だけど私は」


 そこで私は言葉を切った。
 ふと周りを見回す。無様に座り込んだ私の周囲には、見たくもない現実が広がっていた。
「私は……もう」
 この先の言葉を言って良いのだろうか。
 彼らを残して、良いのだろうか。


「私は、もう、……死にたい」


 その言葉はロボットに届くどころか、私の奥深く突き刺さる。
 死にたい。簡単に言える言葉じゃない。
 目の前でいくつもの人が死んだ。死を恐れる人たちをこの目で見てきた。
 生きたい、生きたいと泣きながら自殺した生き残りもいたと思う。
 そんな人を見てきて、私が死にたいと言って良いのだろうか。
 ロボットはただ無機質な目で私を見つめた。なぜだろう。その目に感情が宿ることを期待してしまうのは。

「私は……何人の仲間を殺したんだ。
 何人のお前たちを殺した。
 感情に身を任せて、お前たちに死ねという命令を下したのは何回だ。
 一人、また一人とお前たちを殺すたび、博士の笑顔と声が頭の中で反響していた。
 気づけば、もうこんなに少なくなって……。周りには、お前たちの亡骸ばかりだ」

 立ち上がり、すぐ隣の機能を停止したN-014に触れる。
 今ここにロボットとして機能しているのは、N-006しかいない。
 ほかはすべて、私が殺した。
 博士が死んで、一日から三日に一度のペースで死ねという命令を下した。
 自分が嫌だった。そんな自分が嫌だった。悔しかった。
 自分の感情をコントロールできない。すべてロボットに、博士の子供たちに、私は当たってしまう。
「どうして、博士の命を受けたのに!」
 博士の死に際の言葉。俺の子供たちを頼む。
 私は博士が好きだったのだと思う。年齢なんて、容姿なんて関係ない。
 ただ、あの純粋な目が、かっこよかった。
 私は憧れていた。
「お前たちを守ると決めたのに! 私は、なにもできない!」
 どうして、こんなに弱いのだろう。
 どうして、私はこんなにも幼いのだろう。
 もっと強ければ私はロボットたちを救えた。
 ロボットたちを統制し、意思のあるロボットを作ってこの世界を立て直せた。
 私の大好きな世界を取り戻せたかもしれないのに。
「ごめんなさい……ごめん、なさい」
 意思のないロボットは、私の言葉を理解することはない。
 会話がしたかった。声を聞きたかった。温もりに触れたかった。
 私は、ただただ、寂しかったのだ。


「もう……いいだろう? 私はこれ以上頑張らなくていいだろう?
 疲れた。もう疲れた。一人は嫌だ。お前たちに意思を与えることもできない。
 寂しいんだ。一人は寂しいんだ。
 怖い。怖くて怖くてしょうがない。
 私の年齢を知っているか? まだまだ大人と呼べる年齢じゃない。
 世界の食物や水はたくさん残っている。私は十分生きていける。
 でもこれから、一人で生きなきゃいけないのか。私は一人で生きなきゃいけないのか?
 もう辛い。嫌だ。私は生きていたくない。
 どうして生けるものが世界に一人なんだ。もう、怖い。
 逃げたい。博士のいる世界に行きたいよ。
 お父さんもお母さんも、みんなのいるところに行きたいよ」


 頬が暖かく濡れたのはいつぶりなんだろう。
 こんなにも弱音を吐いたのはいつぶりなんだろう。
 怖い、なんて、いつぶりにいったんだろう。
 博士にも滅多に言わなかった、言葉。
 冷たい金属に触れる。博士が触れた、最後のものたち。
「死にたいんだ、ねえ」
 泣きながら、私はN-006に縋り付く。
 死にたい、死にたいと、何かが外れたかのように喚き散らした。
「私を殺して欲しい。N-006」
 N-006は無情な目で私を見つめ、機械的に口を開いた。
「我ガ主、サスレバ、我ハ、如何ント、ス?」
「私は主じゃないんだよ。違うの、私は主代理だ。
 お前たちの主は死んだ。私は最後まで、お前たちのちゃんとした主になれなかった」
 N-006はガガガ、と音を立て腕を動かした。
 私は、何も指示してない。
 私はなにも、していない。
「N-006……!?」
「我ガ主ハ、貴方デ、アル」
「う、そ」
 N-006の冷たい手は私の頬を伝う涙をすくい、跪いてそっと私を抱きしめた。
 ギシギシと悲鳴をあげるN-006の体は、しばらく油をさしていないからだろう。
「N-006、お前……!」
「我ハ主ニヨッテ生カサレタ」
 溢れ出る涙は止まらない。
「泣カナイデ」
 一瞬体が硬直して、涙が止まった。
 とてつもない衝撃だった。
 N-006がそっと呟いた言葉。それは私がずっと求めていた暖かいもの。
 ぶわっとさらに涙が溢れ出るのを感じた刹那、声さえ漏らして泣いていた。
「私は……ッ! もう……!」
 N-006の抱きしめる力は、暖かさが絶えず私の背中をそっとなでる。
 私は必死で言葉を紡ごうとする。喉につっかえてもう声が出ない。
「死ナナイ。主モ我モ、永遠ニ死ナナイ」
 なんの確証があるの。
 どうしてロボットにそんなこと言えるの。
 私は死ぬんだよ。いつか、お前たちを残して死んでしまうんだよ。
「帰ス、ノミ」
 帰すのみ。
 その言葉はプログラムとは思えなかった。
 嬉しかった。帰るだけだと言ってくれたことに。
 博士たちのもとに、帰るだけだと言ってくれた。それなら。
 一緒に、みんなで。
「N-006。私を殺して欲しい」
「我ガ主、ナゼ」
「違うんだ。帰るだけなんだ。私が死ねば、この地は帰る。私も帰れる」
 私の涙で濡れた頬を、乱暴に自分で拭くとそっと死んだロボットたちを見つめた。
「過ちを犯した。けれど、きっと博士は許してくれると思う」
「主、ヨ。ナラバ」
「一緒に帰ろう、N」
 博士のいる場所に。私たちの親がいる場所に。
 少しずつ薄れる意識。悲しみに溺れるどころか、心地よい温もりに包まれる。
「我モ、主ト共ニ」
 うまく笑えただろうか。
 N-006の静かなぬくもりに触れた気がした。
 一言、最期の言葉を呟いた。
 お願いだ、言ってくれと、私はN-006にひとつの望みを託した。
 博士のように。でもすごく、簡単な。
「我ガ主……ナターシャ様。行ッテラッシャイマセ」
 ふと、走馬灯のように蘇るひとかけらの記憶。
『ナイターとナターシャで、コードネームはNにしよう?』
『ナターシャの発明品ではないのだがな』
 思わず頬が緩み、N-006の目に浮かぶ雫に触れた。
 やはり、冷たかった。
「……N-006。最期の、命令だ」
 もう意識はほとんどない。
 最後の命だ。私からの最後の命令だ。
 ありがとう、N-006。私と一緒にいてくれてありがとう。
「……死ぬが、良い」
 帰るべき場所へ、共に行こう。



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